夫の死際に見せた妻の様子
在宅診療を行っていると、時々ですが訪問している最中に患者さんが亡くなるケースに遭遇します。その時の家族の様子は、皆それぞれです。
本日は、或る患者さんの看取りに際しての、その妻の様子のお話しです。
一人目の患者さん
50歳代『胃癌』末期の方で、胃から下に食べ物が通過出来なくなりました。この方は【胃瘻】をはじめ、鼻から胃に管を通す胃管ですら着けたくないと意思表示されていました。しかし、全く通過出来なくなってしまうと、胃液の嘔吐が止まらず苦しい思いをします。
そこで、説得の上、経鼻胃管を挿入しました。そして、「楽になった」とおっしゃった日の夜、家から「様子がおかしい」と連絡が入り、往診しました。
伺った時にはもう、顎を動かすような呼吸、いわゆる【下顎呼吸】になっていました。死ぬ前の段階の呼吸です。奥さんには、いよいよ最期の時が近いことを伝えました。
しばらく様子を見ていたところ、呼吸回数が徐々に少なくなり止まりました。
奥さんは傍らで泣き崩れながらも、夫にすがり必死で語りかけていました。
「うそやろ」「○○ちゃん死なんといて」「私をおいて逝かんといて」
そのまま15分位時間が経過したでしょうか。娘さんと義母に促されて少し落ち着いたところで、死亡確認をさせていただきました。
亡くなった後は、【エンゼルケア】を行います。病院では複数の看護師が行いますが、自宅では看護師が一人でさせていただきます。ご家族も一緒に体を拭いたり、着替えをさせたりします。この時も色々なお話しをしながら、奥さんからのお話しを伺うことが出来たようです。
二人目の患者さん
どこに癌があるかわからない『原発不明癌』の70歳代の患者さんが、「病院ではもう治療できない」と【在宅看取】前提で退院して、帰宅しました。ほんの1ヶ月前までは普通に生活されていた方です。退院時には、お腹が腹水で膨れてパンパンに張っていました。足も浮腫みで腫れています。このため、体を動かすことがしんどくなっていました。
利尿薬を追加したところ、お腹や足の腫れは徐々に減ってゆき、体重は1ヶ月で8kg減りました。体も楽になって、トイレまで歩いて行けるようになって喜んでいましたが、あるとき急に体重が3kg増加し、しんどさが増しました。体重が1kg増加すると、1Lの水が溜まったことになります。胸にも水が溜まったからでしょうか、呼吸状態も悪化し、酸素が必要になりました。
この方は、入院中【医療用麻薬】を使っていましたが、退院後は内服を拒否されていました。幸い痛みやしんどさはそれ程なく経過していましたが、今回の事で【貼り薬タイプの麻薬】を始めました。
翌日朝、「しんどいと言っている」と往診依頼があり、伺いました。前日より更に呼吸状態が悪化して居て、見るからにしんどそうでした。麻薬の貼り薬の効果が余り無いようでしたので、ポンプを使って【麻薬を皮下に入れる持続の注射】を開始しました。
翌々日、予定通り訪問診療に伺うと、既に下顎呼吸でした。そのまま10分程で亡くなられました。
奥さんは亡くなる直前から私たちに「ありがとうございました」「先生には本当に良くして貰いました」と声をかけてくれました。呼吸が止まった後も落ち着いておられ、一緒にいた息子さんが動揺して取り乱すと「しっかりしなさい」と叱りつけました。
奥さんの対応は意外でした。それまで私たちの奥さんに対する印象は、少し頼りなくて、「看取りの現実に耐えられるだろうか」と、実は心配をしてたからです。
ところが、いざ亡くなる場面では気丈な様子の立ち振る舞いでした。
夫は見るからに亭主関白な方でしたので、夫をたてて普段は控えめにしていたのかもしれません。
人は見かけによらないと思いました。