不安で不安でしようがない家族


患者は60代女性で、夫と娘との3人暮らしです。今日は、病院から退院されて2日で亡くなられた方についてのお話です。

Wife Comforting Senior Husband Suffering With Dementia

これまでの経過

約1年半前に『肺がん』の指摘を受けましたが、抗がん剤による積極的な治療は拒否されました。民間療法による治療を行ってきましたが、徐々に症状が悪化してゆきました。1ヶ月前に自宅で嘔吐し、救急病院搬送入院となりました。

既に右側の肺は殆ど機能しておらず、病状はかなり進行していました。病院の主治医から、何度も病状についての説明を受けましたが、本人も家族も死に直面しているという事実を、どうしても受け入れられませんでした。医療用の麻薬を入院中に開始されましたが、嘔吐があった為その後、使用を拒否をされていました。家族の話では、主治医が本人を前にして「あんたはもうすぐ死ぬよ」と言ったそうです。その為、医師との信頼関係が無くなって、家に連れて帰る決心をしたとの事です。
急遽退院が決まり、当院より訪問診療に伺う事になりました。

初日

意識は朦朧としていて、口からは殆ど何も摂る事が出来ず、酸素を5ℓ吸っている状態でした。初めてご自宅に伺った時に受けた印象では、残された時間は数日位かと言う状態でした。

これまでは民間療法の継続や、宗教団体のお祓い的な事をされていて、通販で購入した多量のサプリメントのお陰で生きていられると本人家族共に考えているようでした。
今までの経緯や本人家族の考え方を傾聴した後、明らかに呼吸困難感と身の置き所の無い様な倦怠感がありましたので、医療用麻薬を使って、少しでも楽になる事を提案をしました。 「副作用が比較的少ない貼り薬タイプの麻薬なら」と家族は使用を了解されました。
また、しんどさが急に増した時の為に、口の中に入れて溶かす即効性の麻薬も合わせて処方しました。

その日の夜中の話です。即効性の麻薬を使用して後、目つきが明らかにおかしくなり様子が変わった為に往診依頼がありました。麻薬による影響か、病状の悪化によるかの判断は出来ませんが、家族の不安があった為、即効性の麻薬は使用を中止せざるを得ませでした。
まだこの時点でも家族は死が近い事を理解出来ず、ただただ不安でしょうがない感じでした。

2日目

翌日は、昼間に訪問看護と訪問診療がそれぞれ入りました。更に夕方には、発熱と呼吸状態がおかしいと連絡があり往診しました。この時点で解熱剤の坐薬と念の為に麻薬の坐薬の両方を追加処方しましたが、「坐薬は入れる自信が無い」との事でしたので、使用する時は看護師を呼んで貰うようにお話ししました。

夜中に「悪夢を見ているようで興奮している」と往診依頼がありました。家族は頭がおかしくなってしまったのかと心配しているようでした。

「いよいよ最期の時が近いと思います。このような時には夢と現実の区別がつかない事が良くあります。手足を激しく動かしているのはしんどいからだと思います。楽にするには麻薬の坐薬を使うのが良いと思います。」と説明して、その場で坐薬を入れました。

深夜に再度呼吸がおかしいと往診依頼がありました。伺うと麻薬が効いたのか先程よりは眉間の皺も無く穏やかに眠っているようでした。顎で呼吸する下顎呼吸が始まっていました。
「いよいよ最期の時が近いです」とお伝えしました。
「どうすればいいですか」と動揺する家族に、あらかじめ渡していた『看取りのパンフレット』の最期の時のページを示し、「もう一度良く読んでください」とお伝えしました。
「息が止まっても、慌てる必要はありません。ゆっくりとお別れしてから連絡をいただけたら結構です」と後にしました。

その朝「息を引き取りました」と連絡が入りました。

最後の最後まで『死』を受け入れられず不安で不安でしょうがないご家族でした。
ただ「最期は家で看取る事が出来て良かった」と晴れ晴れとされていました。

僅か2日間の密度の濃い在宅看取りでした

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