安直な在宅看取りの勧めで動揺した家族
入院している人がいよいよ自宅退院となった時に訪問診療が必要な場合には、「退院前カンファレンス」が開かれることがよくあります。
これは円滑な退院支援を図り、切れ目無い治療を継続する為に、入院中の病院と受け入れ先の医療機関の関係者が集まり情報を共有する会議です。
以前、この「退院前カンファレンス」についてはお話した事がありますので、ご参照ください。
『病院から自宅への橋渡し。退院前カンファレンス』
今日は、病院側からの在宅看取りの勧めによって、家族が動揺したお話しです。
背景
その患者は70歳代の男性で、60歳定年直後より『脳梗塞』を数回発症していました。2週間前に新たに『脳梗塞』となり、現在の病院に入院しています。今回の梗塞によって、左手足の麻痺と飲み込みが悪くなりました。又、数年前より『前立腺癌』になり、ホルモン治療を行っています。『前立腺癌』については、ゆっくり進行はしていますが、直ぐに命に関わるような状態ではありません。
意識状態はぼんやりしていて、発語は時々あるものの、意志の疎通は困難です。
食事は、お粥状のものを一日200cc程度しか摂れません。【胃ろう】を造ることには、家族が反対した為、手足からの点滴を一日1500ml行っています。
排泄はオムツです。ほぼ寝たきりで、褥瘡予防のため2時間毎に体位交換を行っています。
退院前カンファレンス
自宅での看取り前提で退院するとのことで病院から紹介があり、急遽「退院前カンファレンス」が開催されました。参加者は、ご家族では奥さんが一人、入院中の病院側からの医師は参加せず、病棟と連携室の看護師のみです。当院からは、在宅医、看護師、事務職員が参加しました。
病院側からの説明では、『前立腺癌』で数ヶ月の命であり、食事も摂れないため家族が家での「看取り」を希望しているということでした。
今回お話しを伺う限り、このケースでの問題は『前立腺癌』ではなく、『脳梗塞』による嚥下障害によって食事が摂れなくなっていることでした。しかし、『脳梗塞』は発症から僅か2週間しか経っていませんので、今後回復する可能性は充分ありえます。食事摂取不能を判断するには早過ぎです。
一方で、奥さんの方が「どうしても家に連れ帰ってこのまま看取る」という意志を固めているわけでもなさそうです。寧ろ病院で行われている点滴や、2時間毎の体位交換などを、家に戻って同じように出来るのかと動揺して、不安に感じているようでした。
具体的に、家で「看取る」イメージが全く出来ていない様子です。
また、自宅看取りであれば、介護保険を使ったサービスが必要になりますが、その為に必要な【介護申請手続き】や、ケアマネージャーなども決まっていません。
これでは家に帰ってしまっても、途端に「介護ベッドをどうするか」など、途方に暮れてしまうでしょう。
病院の怠慢
今回のケースでは、病院が『急性期脳梗塞』の治療、リハビリを行わずに、家族に安易に自宅看取りを勧めて退院させようという意図があるように思われてなりません。
患者には、病院での治療を拒否する権利があります。ですが、例えその場合であっても、病院側は治療を行う場合と行わない場合の見通しを提示する必要があるのです。
しかも、家族は治療やリハビリを拒否しているわけではありません。【胃ろう】や【中心静脈栄養】を拒否しているだけです。ましてや、自宅看取りについての確固たる意志も全くありません。
【胃ろう】を造らなければ看取りと安直に考え、家族がどのような治療を望んでいるのか、どのような最期を迎えたいかなどに思いを馳せていない様に思います。
病院の怠慢としか言いようがありません。
家で看取るには
病院でしか亡くなることが出来なかった時代から、現在は希望すれば家での看取りが出来るようになってきました。
その為には色々な準備が必要です。何よりも家族が死を受け入れ、最期まで看取る覚悟が要るのです。
しかし、残念ながら病院では「在宅看取り」のことを知る人が少ないのが現状です。
もし、家での「看取り」を考えた時には、入院中の病院に相談すると共に、近くの訪問診療を行っている医療機関にも相談するのが良いと思います。