「治療出来ないこと」を受け入れられない患者


真実を受け入れることが出来るのか出来ないのか。
がん末期の患者に、治療の見込みが無いことを伝える事は、家族も医師もとても悩むところです。

Handsome successful doctor speaking to a senior patient

今日は、或る一人の『肺癌』患者さんについてのお話です。

背景

60代男性で、精神科病院の元看護師で、奥さんも同じく精神科の看護師をされていました。
40年以上勤めた病院を、60歳で定年退職しました。その後、趣味の狩猟やその他ゴルフなど、毎日精力的に色々な活動をしていました。射撃については、一時は「国体を目指そうか」という程の腕前を持つとの評判を聞きました。
周りからも、いつも元気な人で通っていたようです。

『肺癌』発症と告知

1年前に『肺癌』が分かった時には、既にがんは肝臓や脳に転移していました。「治療しなければ数ヶ月の命です」と言われ、本人の強い希望があって、これまで放射線治療や抗がん剤を続けてきました。

【抗がん剤】は、1番有効と考えられるものから、2番目、3番目の組み合わせと試してきたものの効果は不十分だったようで、「これ以上の治療は見込めません」と、病院主治医から奥さんには説明がありました。ただ、本人は「まだ治療出来る」と信じていて、奥さんは真実を伝える事をひどく躊躇しています。

奥さんによれば「外向きには強がっていても、精神的には非常に脆いところがあります。治療出来ないと分かると相当落ち込んで、生きる気力を失ってしまうのではないかと思います。それどころか自暴自棄になって、自宅の猟銃で自殺してしまうのではないかとのおそれもあります。」との事で、とても心配しているようでした。

訪問診療の様子

最近になって、訪問診療が開始となりました。
これまでも病院主治医から訪問診療を勧められてはいましたが、夫婦とも「元看護師の誇り」があって、「必要ありません」と拒否していたようです。しかし、さすがに家で動くことも余り出来なくなった為に、訪問診療が開始になりました。

「苦しい思いをして治療を続けていくのが良いですか?それとも、少し命は短くなるかも知れませんが、楽にやりたいことをやって過ごすのとどちらが良いですか?」と質問しますと、「そりゃあ、治療をしなければいけないでしょう」と答えます。

奥さんからは、「治療がもう出来ないことは、次回の病院の受診時に、これまで信頼してきた病院の主治医から伝えて貰いますので、それまでは伏せていて下さい。」との希望がありました。このため予後については触れないまま、訪問診療を行っています。

伝えるべきか伝えないべきか

僅かな望みにすがりたい気持ちは良く分かります。
一方、「残された時間が限られているなか」で、「死に向き合って後悔ないように過ごして貰いたい」という思いもあります。
真実をどう伝えるかは、人それぞれに状況や考え方が異なる為に、毎回悩む問題です。
次回の病院受診は、もうすぐ迫っています。
そこで、どのような結果になるのかは分かりません。

ただ、私たち在宅医は「最期まで看取る覚悟」は出来ています。「困った時には24時間いつでも対応する準備」も備えています。

本人や家族に寄り添い、最期までの時間を「悩みながら」診療を続けてゆきたいと思っています。

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