看取りに対する家族内の意見の相違
家族を家で看取る時、家族内で考え方がいつも同じとは限りません。その為に中々方針が決められない事が良くあります。
今日は、兄妹の間で介護に対する意見が異なりながらも、最期は看取りに向けて一致点を見いだした家族のお話です。
患者背景
患者は90代男性の方で『前立腺がん』があります。その上、未精査ながら『大腸がん』も併発していると思われます。半年前から、通院困難な為に当院より訪問診療に伺うようになりました。
同居家族は奥さんだけで、敷地内に長男さん夫婦が住んでいます。長男さんは昼間仕事で忙しく夜だけ手伝うのみで、介護は主に奥さんが行っていました。ただ、奥さんには『認知症』がある為、思い込みで介護を行う事があって、時には患者に対して危険とも思われる行為をする事がありました。遠方に住む放射線技師の長女さんは、看病の為に時々帰ってきます。
介護力不足と判断し、訪問看護の導入を勧めても「必要ない」と断られていました。
病状の進行
訪問診療の開始当初は、1人でトイレにも行っていましたが、徐々に寝たきりとなりました。
『前立腺肥大症』による排尿障害は以前からありましたが、2か月ほど前から全く尿が出なくなって、その代りか水のような便が常時出るようになりました。『がん』によって、膀胱と大腸に穴(瘻孔)が開いてしまい、尿が肛門から出ている状態でした。
妻だけでは、便に対して適切に処理できず、お尻を清潔に保つ事が困難でした。数日で、お尻周りの皮膚はただれ酷い状態になり、少しの刺激でも激痛が走るようになりました。
また、同時期より食事も殆ど摂れなくなり、全身倦怠感や下腹部痛も出現しました。
麻薬の勧め
この時点では、ご本人の意識は比較的はっきりしていて、楽にする様に麻薬を使う事を了承されていました。しかし、長男さんが麻薬の使用を反対します。ネット情報で、麻薬に対して悪い印象を持っているようでした。
それで、鎮痛剤のボルタレン坐薬で様子を見る事になりましたが、坐薬を挿肛するにも痛くて大暴れする程です。
奥さん一人では、お尻の処置もままならない為、訪問看護を入れる事だけは何とか了解していただけました。
時々帰る長女さんは、麻薬の使用に前向きでした。「私以外の家族は、今は痛みを取って楽にするのが必要な治療と思ってないんです。しっかり食べて元気になる事を一番に考えています。」と口にします。しかし、面倒を見ている長男には遠慮があって、強く言えません。
訪問看護が入るようになって、処置の前にボルタレン坐薬を使う事で、処置が出来るようになりました。尿道カテーテルを留置すると、少量ながらも尿が出るようになり、便汁も少なくなりました。この為に、臀部の状態は幸いにも徐々に改善してゆきました。
ただ、『前立腺がん』の進行が原因と思われる腹痛と全身倦怠感はどんどん強くなってきました。相変わらず食事は殆ど摂れず、水分を少量のみでした。それで、残された時間は短い事、麻薬による鎮痛が一番良いと考えることを長男さんに何度も説明して、ようやく使用の了解を得ました。
麻薬の使用
麻薬を内服すると、沈静がかかって幻覚が出現しました。「麻薬を飲むと頭が呆けた様な事を言う。食事も食べなくなるので弱ってしまう。ボルタレン坐薬が効くので坐薬を使います。麻薬のオキシコンチンを止めると良く食べるようになりました。」と長男さんが麻薬を中止してしまいました。「麻薬によって、少しぼんやりする位の方が痛みが抑えられて、本人にとっては楽ですよ」と説明しますが、聞き入れてくれません。
そのタイミングでしばらく長女さんが帰ってきて、夜間介護をする事になりました。
ご家族で良く話し合われた結果、最終的に内服も困難になっているので、麻薬の持続皮下注射が開始される事になりました。注射が開始されると、穏やかに眠るようになりました。
それでも、「注入量を減らして欲しい」と長男さんが言い出した為に、一旦減量するとやはり倦怠感が出現しました。
ようやく長男さんも最期が近いことを納得され、麻薬を十分使って楽にする事が良いと思えるようになりました。
兄妹がベッドの横で、父の面倒を診ています。
「昔から優しい父でした。叱られたことはありません。」と思い出話を聞かせて貰えました。
残り少ない時間を、家族で穏やかに過ごしています。
家族内でも色々な想いや考えがあって、意見が行き違うことは良くあります。その上で、お互いに納得のいく一致点を見いだして、家族の心が一つになりました。
その翌日、静かに息を引き取られました。