息子さん一人
80歳代の男性Kさんが亡くなってから1ヶ月がたちました。最期は病院で亡くなったのですが、介護をしていた息子さんのその後が気がかりでした。偶然、家の前を通ることがあり、外から中の様子を伺うと、家の中で息子さんが仏壇の前で座りこんでいるのが見えました。車を止めて訪問することにしました。
本日は突然の【グリーフケア】のお話しです。
Kさんの経過
Kさんと私たちとの関わりは、約1年前からになります。2回目の『脳梗塞』を発症し、上下肢は右腕が僅かに動く程度のほとんど麻痺状態で、ハッキリ話すことが出来ない『構音障害』もありました。飲み込みも上手く出来ず、食形態は【きざみ】で、水分は【とろみ】です。
何をするにも介護が必要でした。幸い『認知症』はなく頭はしっかりされていました。
家では60歳代の息子さんが一人でKさんの介護をしていました。私たちが関わるようになってから、ヘルパーが週3回入るようになりましたが、食事の世話から、トイレへの誘導など息子さんの介護負担は相当のものでした。特に夜間排尿が多くて、その都度介助するのが大変だったようです。しかし、息子さんは文句一つ言いませんでした。
Kさんはお金に非常にシビアな方でした。初めに訪問診療で伺うようになった時も、お金がかかると拒否されて直ぐに中断となりました。その後『肺炎』で入院となり、退院後から再度伺うようになりました。
介護用ベッドを導入しても「使わないから」と直ぐに返してしまい、色々なサービスを提案してもお金がかかると拒否されました。相当頑固な方でした。
その後も何度か『肺炎』で入退院を繰り返す毎に、体力は落ちて行きました。
ある深夜、息が苦しいと往診依頼があり病院へ救急搬送しました。『肺炎』でした。治療後、そろそろ退院と言っていた矢先に状態が悪化して、結局そのまま亡くなりました。
息子さんの様子
数ヶ月ぶりに会った息子さんは随分とやつれていました。色々な手続きがようやく終わったところで、何も手に付かない状況でした。最期に家に帰らせることが出来なかったことをとても残念がっていました。
介護中から不眠が続いていて、今も寝られないようでした。たった一人の生活で、食事もしっかりとれているのか心配になりました。息子さんは無口な方で、人付き合いも余り無いみたいです。誰とも話すことが無い生活のようでした。
近くの開業医に睡眠薬だけ貰いに行っているとのことでしたので、「少し遠いですが、私たちのクリニックの外来に来ませんか」とお誘いしました。
「四十九日が終わって落ち着いたら考えます。」とのことでした。
Kさんの息子さんには、今後も継続した声かけが必要と感じています。
一人で介護をしていた場合、家族が亡くなった後に、男性は女性に比べて普通の生活に戻りにくいような印象があります。個人差もありますが、コミュニケーション能力が中高年の男性の場合は劣るからではないでしょうか。